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大阪高等裁判所 昭和53年(行コ)22号 判決 1979年7月30日

控訴人

甲野花子

右訴訟代理人

石川元也

外五五名

被控訴人

大阪市長

大島靖

右訴訟代理人

中山晴久

山上益朗

主文

原判決中主位的請求に関する部分を取消す。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

事実《省略》

理由

(控訴人の主位的請求〔不作為の違法確認請求〕の適用性について)

一行政事件訴訟法(以下行訴法と呼称)三七条は不作為の違法確認の訴を提起できる者を「処分又は裁決についての申請をした者」に限り、同三条五項は不作為の違法確認の訴を、行政庁が「法令に基づく申請」に対し相当の期間内になんらかの処分又は裁決をすべきにかかわらず、これをしないことの違法の確認を求める訴というと規定している。これによると、右訴については、原告のなした申請が法令に基づく申請であつて、これを受けた行政庁が処分又は裁決を以て応答する義務を有する場合であり、且つ原告による申請行為が存在していることが、その訴訟要件をなすものと解すべきである。

二本件においてはまず、控訴人がその申請手続をとつたと主張する(右主張の申請行為の存否は後に判断する。)本件要綱に基づいてする本件対策費の給付の申請(以下これを本件申請という)が、行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請」にあたるかどうか、およびその申請に対する被控訴人の支給・不支給の決定(被控訴人がその決定権限を有することは当事者間に争いがない)が処分性を有するものであるかにつき争が存するので、この点から判断する。

1  なるほど、本件申請の手続、要件については、本件要綱の定めのほか、直接これを定めた法規は存在しないところ、本件要綱は、被控訴人が、昭和四四年六月一日、大阪市内の同和地区に居住する者が分娩する場合にその保健衛生と福祉の向上に資することを目的として定めたもので、規則として公布されたものでないことは当事者間に争いがない。

すると、本件申請制度は、法令に根拠がないかの如くみられないでもない。

しかし乍ら、行訴法三条五項にいわゆる「法令に基づく申請」とされるためには、その申請権が法令の明文によつて規定されている場合だけでなく、法令の解釈上、該申請につき、申請をした者が行政庁から何らかの応答を受け得る利益を、法律上保障されている場合をも含むと解すべきであり、本件のように、その支給・不支給の決定権限を自らが有するとなす被控訴人が、その給付手続について定めた本件要綱に申請制度を採用している場合においては、右支給・不支給の決定をただの私法上の契約の申込に対する承諾の類とみるか、行政処分としての決定と捉えるかは、単にその規定の仕方が規則、形式に適つているかどうかだけで決することはできず、右申請制度を含めた本件給付制度の総体について、その制度の趣旨、目的を探り、そこから該申請に対し、被控訴人が行政庁として応答をなすべきことが一般法理上義務付けられると認められる場合においては、本件申請(制度)は、行訴法三条五項にいう「法令に基づく申請(制度)」となり、これに対する被控訴人の応答(支給・不支給の決定)は自ずと処分性を具備するものと解するのが相当である。

2  <証拠>を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  大阪市は、同和対策事業特別措置法(以下同対法と略称)施行以前においても、日本国憲法の理念にのつとり、自らの施策としておよび国の同和対策審議会答申(昭和四〇年八月一一日)並びに大阪市同和対策審議会答申(同年一一月一七日)の要請と期待に応えて、適宜同和対策事業を実施し来つていた。

(二)  大阪市は、右同和対策事業の実施については、関係住民の意思を尊重し、これを反映させることが望ましいと考えつつも、その事業の内容が多くは福祉的なものであつて、住民の権利を制限し義務を課する性質のものではないため、うち生業資金貸付制度につき生業資金貸付基金条例(昭和三九年度条例一九号)を制定したほか、いずれも予算上に議会の議決を経てこれを執行するという考え方から約二〇ほどの要綱、要項、要領、内規、規定等を制定・改廃し、それに基づき各施策を実施して来た。

(三)  右要綱等は、もとより条例・規則につき定められた公布・公告の手続はとられてはいないが、各施策(事業)の内容は、市政だより等によつて一般市民にも流布するほか、対象地区住民については、市同和事業促進協議会(以下「同促協」という)又は市同和事業各地区協議会(以下「地区協」という)の事務所を通じ、なお教育関係の施策については、学校等をも通じて関係住民への周知が図られている。

(四)  本件要綱は、昭和四四年六月一日に同和地区住民が分娩する場合にその保健衛生と福祉の向上に資することを目的として定められ、同年四月一日に遡つて適用されたものであつて、その内容は対象地区住民中の妊娠中の者又は生後四ないし一二月の乳児であつて、同促協会長および地区協議会長(以下一括して「同促協会長等」ということもある)が適当と認め、推せんした者で、所定の申請手続を経た者に対し同要綱記載の給付(以下これを本件給付という)を行なうこととし、そのための費用は市の一般会計予算((款)総務事業費、(項)同和対策事業費、(目)福祉費、(節)負担金、補助及交付金、(細節)補助金の区分)に計上し、市議会の議決を経て執行しているが、同対法施行後は、もとより、同法にいう同和対策事業として執行されているものである。

(五)  右本件給付が行われることについても、市同和対策部発行の「大阪市の同和事業」(昭和四四年度)および同促協が発行した「大阪市同和事業ハンドブツク・昭和四六年版」等に、申請手続書類一式とともに掲載・公表されている。

(六)  そして、被控訴人は従来、前(四)の要件を充たした申請に対しては、例外なく支給決定をしている。

3  右2に認定したところによると、本件給付は、同対法施行前は憲法の理念を受け、同法施行後は同法第四条、第八条(その準用する第六条)の趣旨を受けて、大阪市が地方公共団体の権能に基づき行う「同和対策事業」(それは、一般公共事務に属すると考えられる)の執行として被控訴人が行つているものであり(地方自治法第二条第二項、第一四八条)、財務上は地方自治法二三二条の二に基づき、議会の議決を受けた予算の執行たる性質を有し、その給付を実施する具体的制度(以下これを本件給付制度という)を定立するものとして本件要綱が定められたものとみることができる。

そして、本件要綱に具体化された本件給付制度の総体は、大阪市が同対法の要綱を具体化するためにしているもので、少くとも同法施行後は、その存在が同法によつて裏付けられた一つの法制度ということができる。蓋し、同対法は、前掲国の同和対策審議会の答申の趣旨をうけて昭和四四年七月一〇日公布(同日施行)された限時法(昭和五四年三月三一日限りのところ、昭和五三年法律第百二号(同法の一部改正法。同年一一月一三日公布)によつて更に三年間延長)であるがその立法目的を「すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのつとり、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(対象地域)について国及び地方公共団体が協力して行なう同和対策事業の目標を明らかにするとともに、この目標を達成するために必要な特別の措置を講ずることにより、対象地域における経済力の培養、住民の生活の安定及び福祉の向上等に寄与する」ものとし(一条)、これが達成のため「同和対策事業」の「迅速かつ計画的な推進」が「地方公共団体の責務」とされ(四条)、そのために、地方公共団体は「国の施策に準じて必要な措置を講じなければならない」ものとし(八条)、右同和対策事業の目標を、窮極において「対象地域の住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消すること」に置いている(五条)のである。かかる同和対策事業にかける同法の理念およびその実現の仕組みに照らせば、同法が、対象地域において行なわれる同和対策事業の内容を具体的には直接法定していないのは、国又は地方公共団体が、その事業の実施に当り、各地域が置かれている現実に即して、法六条各号に定めるような事業を任意に選択して弾力的に実施できるようにして置くことが、より効果的であると考えたためと解されるのである。してみると、各地方公共団体が、その選択した具体的施策を実施するに当り、必ずしもこれを条例・規則化する義務はないとしても、一旦、地方公共団体が同法の掲げる同和対策の実施としての具体的施策を、たとえ要綱(それが被控訴人主張のとおり、長の事務執行権限に基づくものとしても)によつてではあれ、対象地域の住民に対し宣明しこれを制度化したときは、同制度は、同対法に基づく制度として機能し、且つ機能さすべきものと解するのが相当である。しかして前認定によれば、本件給付がこれを受けようとする者の申請があつて始めて被控訴人がその応答(支給・不支給の決定)をなす制度として定着していることは明らかである。

4  そのように、本件給付制度は、同対法の施行後はこれに定める同和対策事業を具体化したものとして、同法に根拠を置くと認められるところ、前記のとおり、同対法がその目的とし、同和対策事業の目標とする「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域(対象地域)」につき、その「住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消すること」すなわち同和問題の早急な解決こそは、すべての国民に基本的人権の享有を保障した日本国憲法の理念に照らし(一条)、国および地方公共団体に課せられた重要な責務であると同時に国民的課題でもなければならないのであり(審議会答申前文参照)、これに法の平等原則とを重ね合わせれば、同対法が、これに基づき行なわれる地方公共団体の具体的施策を、対策地域の住民に等しく均霑せしめようとしていることは敢えて多言を要せず、その同和対策事業の内容が本件の如く対象地域住民を対象に、一定の受給要件を定めて補助金給付をなすものである場合においては、その受給要件を備えた者には等しくこれに与らしめようとするものであることは疑を容れる余地のないところである。そしてまた被控訴人も、地方自治法二三二条の二に基づき予算を計上して市議会の議決を受けるとともに、本件要綱によつて一定の受給要件を定立して関係者に周知させて、受給資格を有すると思料する者の申請に応じようとしているのである。さればもはや、その支給・不支給が被控訴人の権限にあるとはいえ、それが絶対的な自由裁量に委せられて、要綱の定める受給要件を充たす者についても、支給しないこととする恣意的自由を有するものとは到底考えられず、本件要綱に定められた受給要件を充たした者からの受給申請に対しては、これを拒否するにつき合理的な事由の存しない限り、被控訴人は本件要綱の定める給付をなすべき義務が生ずるものと解すべきである。

5  そのように、本件給付制度が同対法に基づく同和対策事業の具体化された施策の一つであること、同法の立法趣旨等に鑑みれば、本件給付の実施に当り、その受給資格者の間における恣意的選択が許されないことなど、叙上の諸点を総合して勘案すれば、本件給付制度によつてその受給有資格者が享受する受給付利益は、法律上の保護に値いする一個の法的利益と認められるのである。

しかして、前認定の本件給付制度の仕組の下においては、右法的利益の実現は、受給を希望する者の申請に基づいてする被控訴人の支給決定によつてはじめて遂げられるのであり、且つその支給要件の存否については、前記推せんの要否を含め、受給資格の具備されているかどうか、更には、それが具備されているときでもなお支給しないこととし得る特段の正当事由が存するかどうかの第一次判断権が被控訴人に留保されているものとみなければならない。してみると、被控訴人のする支給・不支給の決定は、右受給申請者の法的利益を具備すると否との法的効果を直接且つ一方的に生ぜしめる効力を有するものであるとともに、被控訴人は右受給申請者の持つ法的利益に対応して、これを具現することができると否との応答義務を負うものとしなければならない。しかして、それらの点と前記同対法の要請に基づき実施される同和対策事業の帯有する公益性とに鑑みれば、右応答(支給・不支給の決定)は、もはや単なる給付の申込に対する承諾・不承諾の意思表示に止まらず、一個の公権的行為として、行政処分性をも具有するものと解すべきである。

然らば、その受給資格を有するものとして、被控訴人に対し、本件要綱の定める給付金の受給申請をなした者は、その支給・不支給の応答を受ける法律上の利益を有し、被控訴人には、その応答をなすべき義務が生じ、右申請は不作為違法確認の訴における「法令に基づく処分の申請」にあたると解すべきである。

6  被控訴人は、本件の如き給付行政の分野においては法律の留保の理論は働かず、本件給付も被控訴人が予算の範囲内において自由に決し得る事項であると主張し、<証拠>には、本件給付は本来的には贈与であり、抗告訴訟(不作為の違法確認を含む)の対象とはならず、たとえこれをいわゆる「形式的行政行為」と構成しようとしても、本件は既に成立している契約の行政主体側による解除・変更の場合ではなく、また契約締結の要件である「受給資格の有無の認定」を同促協会長等に委ねてしまつているため、その推せんがない限り、大阪市に契約締結を強制すべき方途がなく、形式的行政行為としての実質を欠くことになる旨の意見の記載が存する。しかし、或る行政行為の本質が権力行為であるか、非権力行為であるかは、不作為の違法確認訴訟の対象としての処分性の有無についての本質的区別では必ずしもないのであつて、本件がいわゆる給付行政であることは、これに前示処分性を肯定する妨げとはならないのである。むしろそれは前示のとおり、要綱によつて具体化された本件給付制度が、その総体として同対法に基づく一つの法制度と認められ、かつそれを申請する者とこれに応ずる者とが行政と住民であつて、住民が行政の定めている要綱に基づいて申請することが求められている本件制度の如き場合においては、結局のところは、その申請に対する支給・不支給の意思表示に覊束性が肯認されるかどうかを軸として促え、その覊束要件の存否の第一次判断権が行政に留保されている限り、その申請をした者が、これに対する判断を受ける法的利益の保障を不作為違法確認の訴に求める途を開く必要があると思われるのである。

なお、<証拠>は、本件要綱が「法令」の性質を有しないことを縷説するが、主として要綱(項)等の一般的性格論に終始し、前記のように、本件要綱によつて具体化された本件給付制度を総体として把握して、その制度そのものの有する法規範性に目を向けていないものであつて、右意見も当裁判所の前記判断を左右するに足りない。

7  よつて、本件給付制度における本件要綱に基づく申請は、これを行訴法三条五項にいう法令に基づく申請と解すべきであり、これに対する被控訴人の応答は処分性を有するものと認められる。

三そこで次に、控訴人が「処分を申請した者」にあたるかどうかに判断を進める。

1  控訴人が昭和四七年三月三〇日に、被控訴人あての「昭和四七年度同和地区妊産婦対策費支給申請書」を大阪市浪速福祉事務所長に提出したことは当事者間に争いがなく、右申請書には、後記いわゆる副申が添付されていなかつたほかは、本件要綱に定める必要な事項の記載がなされていたことは被控訴人が明らかに争わないので自白したものと看做す。

そうして、<証拠>によれば、右申請書は控訴人が、本件要綱に基づき本件給付を受給する申出としてなしたことは明らかであり、且つ本件要綱によれば地区の福祉事務所長は、本件申請手続についての被控訴人の窓口機関と認められるから(要綱は、福祉事務所長に提出する以前に、いわゆる副申手続のため、始めに地区協議会長に提出し、これを経由して同促協会長等の証印を得てその返付を受けたうえで、右証印のある申請書を福祉事務所長に提出すべきこととしているが、右始めに提出すべき地区協議会長が被控訴人の窓口機関としてこれを受けるものとは、右要綱自体からも認められない。)、控訴人は、本件申請制度に基づいて、被控訴人に対し、本件給付を申請したと認められ、行訴法三七条にいう「処分を求める申請をした者」にあたるものというべきである。

なお、被控訴人は、右申請が受理されたことを争うものであるが、行政庁による申請の受理の有無は、申請行為の存否を判断する上での一つの(しかし或る場合には重要な)間接事実ではあるにしても、不作為違法確認訴訟の出訴要件ではないと解する。何となれば、単なる受理(受付)そのものは、専ら行政庁側の行う形式的協力行為に過ぎないところ、申請行為が存するのに、行政庁が申請手続の不備を理由にこれを受理しない場合でも、右受理されていないことで、行訴法三七条にいう「申請」が未だなく、行政庁の応答義務が生じないとするときは、申請手続の適・不適の争いを棚上げしたままに行政の恣意による受申請回避を許す結果を招くこととなり、行訴法の定めた不作為違法確認訴訟制度の趣旨・目的に背馳するからである。

よつて、右申請が、大阪市当局の内部手続として、正式の「受理」(受付)がなされていると否とに拘らず、前認定の事実の下では、控訴人による申請が存するものとみなければならない。

2  もつとも、控訴人が本件要綱に定める同促協会長および地区協議会長の推せん(その証としての認証印を受けることで、副申ともいわれる)を経ていないことは控訴人の自認するところであり、被控訴人はこの点を促えて、控訴人の前記申請書の提出は、本件要綱の定める申請行為としては未完成で、いまだ申請はなされていないと主張するもののようである。

しかし、行訴法三七条に「申請をした者」とは、当該申請制度を利用して行政庁の応答を得ようとする意思を表明した者であることが必要且つ充分な要件であつて、それには本件の場合、前認定の申請書の提出によつてした受給の申出で充分であり、右副申経由の有無の如きは、申請行為の適・不適ないしは受給資格の存否という申請行為の中味に瑕疵があるかどうかの問題であつて、申請行為の存在・不存在の問題ではないものといわなければならない。

しかして、前記のように、申請につき行政庁が応答義務を負うべき申請制度の下にあつては、不適法な申請又は不適格者の申請についても、行政庁にその申請の適否若しくは資格の有無の第一次判断権があり、且つこれを行使して却下(不支給)の決定を以て応答することが義務付けられているものと解すべきである。

されば、本件における右副申の欠缺は、控訴人の主位的請求についての原告適格に影響を及ぼすものではない。

3  しかし乍ら、不作為違法確認の訴の制度目的に照らせば、申請要件ないしは受給資格の欠缺が他の判断を容れる余地のないほどに一見明白であつて、行政庁に右第一次判断権を行使させることすら無意味であり、行政庁の却下決定を得て抗告訴訟を起こしてみても、その場合の勝訴の見込が始めから存しないような場合(これを本件制度でいえば、申請者が自らその居住地を対象地域外と申告したり、妊産婦である事実を明らかに疎明しないなどの場合が考えられるが、事実上は滅多に起り得ないであろう)には、訴の利益がないものとして、その訴を不適法なものとすることは、争訟経済の全体からみてこれを是認し得るものと考える。

しかし乍ら、本件申請における右副申の欠除は、そのような一見明白な申請要件(受給資格)の欠缺にはあたらない。以下、いささか詳説する。

(一)  本件要綱の定めを、原審証人山田武、同桜木清和、同山中多美男の各証言と弁論の全趣旨に照らせば、本件要綱が本件申請に当り右副申を求める趣旨は、被控訴人が同和対策事業の趣旨に鑑みて本件給付は「(ア)同和地区出身であつて、(イ)部落解放の意欲を有している」者を対象とするのが相当であると考え、これを一つの実質的受給資格に加えたため、その受給資格の認定の最も手取り早い方法として、同促協会長等の推せんを得られた者は、概ね右受給資格を充たす者としてその者には支給する処理をすることによつて、被控訴人が右受給資格の存否に関する調査を簡略にして、当該事務の迅速且つ円滑な処理に資せんとしたものであることが認められる。

(二)  してみると、その推せん(副申)は、形式上はたしかに申請の要件とされているけれども、実質上は、それがあることによつて、その者に右認定の実質的受給資格が備わつていることを明らかにする疎明手段なのであつて、その申請要件としての実体的な意義は、単に推せん(副申)の手続が践まれたか否かではなく、右実質的受給資格を有することに求められているものとみなければならないし、右推せんを求められた同促協会長等も、右実質的受給資格の認められる者のみを推せんしなければならないものと解すべきである。

(三)  然し乍ら、右認定の実質的受給資格そのものは、その性質上、前記住居地や妊娠の有無というような何人もこれを誤ることのない機械的な判断に親しまないものであるから、右推せんを依頼された同促協会長等においても、その存否の判断につき、被控訴人が自ら判断する場合と異なる判断を下し、被控訴人の判断によるときは資格が存すると認められる者につき、同促協会長等の判断においては資格がないとして推せんをせず、従つて、客観的には右受給資格者であつても、同促協会長等の主観に左右されて、推せんを受け得ない者の出る余地が存するものといわなければならない。(勿論その逆の場合も考えられる。)

(四)  因みに本件紛争も端的に言つて、まさにそのことが現実化した紛争と認められる。即ち、<証拠>を総合すると、控訴人は、その主観においては、右受給資格を備えていると考えているに拘らず、部落解放同盟および事実上その下部組織である要求組合若しくは要求組織といわれる各給付制度の目的に対応して設けられる運動組織(本件の場合は妊産婦の会)に加入して居らず、且つ控訴人はこれらに加入する意思がないため、右推せんを求めても、その副申が得られず(同促協会長等は、推せんすると否との選別を、上記の団体・組織への加入の有無にかからしめている。それは、同促協会長等が、前記(イ)の資格の有無の判定に当り、当人が右団体・組織に加入しているか否かをもつて、「解放の意欲」を有しているか否かの判別資料にしているためである。)、今後ともこれを得る見込がないため、仕方なく敢えて副申を欠いたままで、被控訴人の直接判断を求めようとしていることが窺われるのである。

(五)  このように見てくると、副申の副えられていないこと自体は、なるほど一見明白な事実には違いないが、その副申の求められる趣旨・目的は、あくまで前認定の実質的受給資格の存在を裏付けるだけのものであり、且つその実質要件の存否の判断は機械的にはこれをなし得ない性質のものであることが認められるから、右形式上の手続の欠缺を捉えて実質上の資格の欠缺を擬制することは到底許されるものではなく、従つて副申の欠缺を他の要件の欠缺と同じように、一見明白な要件の欠缺とみることはできないのである。

そしてそのことは、被控訴人の判断権の行使の面からも言えることである。すなわち、被控訴人が右実質的受給資格の存否を審査するうえにおいて、副申の有無が被控訴人の判断を法律的に拘束すべきいわれは存せず(若し拘束するとすれば、実質的には本件給付行政を民間機関に委ねるだけでなく、被控訴人固有の判断権を放棄するに等しく、ひいて住民が行政主体そのものによる行政判断を受け得る権利を侵害するもので、違法、無効と断ぜざるを得ない。地方自治法第一〇条二項、一三八条の二参照)、被控訴人にとつても、右副申のないことは、それのみを以てしては、該申請を却下すべき明白な事由とはなり得ないからである。

(六)  もつともこれらの点で、被控訴人の主張する同和行政における直接行政の困難性(原判決事実第二の二の本案の答弁5参照)は当裁判所もこれを理解し得ないではなく、同促協、地区協の組織自体は部落解放同盟そのものでないことは是認せざるを得まい。そして、原審証人山田武、同桜木清和、同山中多美男らの供述するように、行政が直接に前記(ア)(イ)のような実質的受給資格の選別に手を染めることは、差別の再生産を招きかねず、又(イ)の資格を外すときは、同和行政に対象地区住民の自発的な意思を集約し反映させるという時代の要請を離れ、これを再び過去の恩恵的・慈恵的融和行政に引き戻す虞なしとせず、本件副申の制度は、それらを地域の自主的組織である同促協・地区協の自主管理に委ね、その内部においても、各人の解放の意欲(証人らはこれを自主更生又自主向上の意欲ともいう)をより高め、これを組織化するために、前記要求組合(要求組織)への参加を求めることで、その給付が単なる慈恵的給付でないことの自覚を各人にも持たせるという利点を包蔵するものと言えなくはなかろう。だとすれば、本件副申の制度も被控訴人が前記実質的資格要件の存否を調査する一つの補助手段としては充分合理性があり、それなりに定着しているものとも認められ、その制度自体を真向から違法、無効と看做すことはできない。

しかし、今ここで問題となつているのは、副申の無い申請について、そのことだけで直ちに受給資格の欠缺が明白であるとすることに合理性が認められるかどうかなのであつて、右同促協・地区協が部落解放同盟そのものではないにも拘らず、前記のように、控訴人が推せんを受け得る見込のない理由が、部落解放同盟や、その事実上下部組織である各要求組合(要求組織)に属していないためとしか考えられない現実を踏まえて事を判ずれば、左様な特定の団体・組織への加入の有無が、いかに同促協・地区協の立場においては、推せんをすると否との判別上便利な標識であつても、これが、最終の支給権者たる被控訴人との間においても、その申請をして受給資格の存否の判断を受ける機会を与えられるか否かの標識としても働く結果を是認することは、どう考えても不合理なこととして、許されないものとしなければならない。たしかに、折角同促協・地区協の緊密な協力の下に、本件給付制度が、右副申手続を介して一面円滑に実施されている現状の下に、今、副申を経ずしてする申請についても、その審査を受け得る途を開くことは、それこそ「寝た子を起こし」(前記被控訴人の主張)、かえつて行政の現場に無用の困難を強いる結果ともなりかねないことを虞れないわけではない。しかし、「寝たくないのに無理に寝かされている」の救済も放置することはできないのであつて、左様な政治的な問題の解決は結局のところ行政の良識と決断を信頼するほかはなく、司法判断の場において、右政治的困難性の故に、上記法的不合理性に目をつぶるわけにはいかないのである。

四以上の次第であるから、控訴人の本件不作為の違法確認の訴(主位的請求)は適法である。なお、被控訴人が控訴人の申請書を返戻したのは、被控訴人もその補正(事実上は、前記副申の補正)を求める趣旨であることを自認しているから、これをもつて申請行為が消滅したとするわけにはいかない。

(主文について)

よつて、控訴人の訴をいずれも不適法として却下した原判決は、主位的請求に関する部分については不当であるから、民訴法三八六条、三八八条に従いこれを取消したうえ原審に差戻さなければならず、また予備的請求に関する部分は、右主位的請求に関する部分が取り消されることによつて当然失効するので、その部分については当審において主文で判断を示す要をみないが、事件は併せて差戻すべきものと考えられるので、主文のとおり判決する。

(山田義康 潮久郎 藤井一男)

別紙一、二、三、<省略>

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